HTくんと初めてあったのは、彼が、高校2年生の4月の時でした。
彼は、中学1年生の時に交通事故に遭い、約一年間、入院生活を余儀なくされました。また、利き手の右腕の神経を切断したことにより、右腕が完全に動かなくなってしまったのです。彼にとって、右腕が不自由になったことは、想像を絶するような大変なショックだったと思います。右利きであった彼は、それ以後、左手で字を書く練習を、毎日毎日、続けたのです。今まで当たり前のように右手を使い行なっていた日常の動作を、左手で行なう生活は、とても大変な作業だったと思います。退院後は、一つ年下の下級生と一緒に、勉強をしたそうです。
私と出会った時には、左手で字を書けるようになっていましたが、時間がかかり、お世辞にもきれいなものとは言えませんでした。
そんな彼と、真剣に対話を重ね、志望校を早稲田大学に決定しました。これまで、彼が考えていた受験勉強に関する常識のウソを指摘し、早稲田大学突破を目的とした最短コースの勉強法を提示しました。社会は、最もボリュームの少ない、政治・経済を選択しました。こうして、HTくんと私との22ヶ月の戦いが開始されたのです。
彼は、今まで自分に起きた不運を転換してみせるとの意気込みで勉強に打ち込みました。その気迫は、教室の他の生徒にも伝わる激しさがありました。彼は、来る日も来る日も、一切妥協することなくスケジュールをこなしていったのです。
伸一塾に来て、一年半も過ぎた頃、彼の偏差値は、英語72、政治・経済74、国語68という、すばらしい結果を達成していたのです。こうして彼は、早稲田大学 政治経済学部経済学科・法学部・商学部に見事合格しました。彼は、完全に事故のショックから立ち直り、見事志望校に合格しました。
ここまで到達するために、筆舌に尽くしがたい困難を乗り越え、努力をしてきたのです。彼の英語の辞書には、impossibleとgive upを黒のマジックで消してあります。彼は常に、不可能とあきらめは、自分にはないということを言い聞かせていたのです。
人生には暴風雨があり、暗い夜もある。
それを超えれば、苦しみの深かった分だけ、大きな幸福の朝が光るものである。
一番、努力した人が、一番、晴れやかに輝く人である。
運命を価値に転換してほしい。その人が人間としての勝利者である。
頑張れ!! 受験生!!